このところの過ごし方はとにかくなにかを作ることに打ち込んでいる。気は紛れる。
12日目。
三夜連続で、店長の夢を見た。
怒られるわけでもない。ただ、そこにいる。
それだけで、妙にしんどい。
ああ、自分、まだ気にしてるんだなと思った。
悪いと思ってるのかもしれない。
—
昼は、古巣の学童に顔を出した。
子どもたちは、びっくりするくらい歓迎してくれた。
少し顔を出すつもりが、気づけば入り浸っていた。
得意の怖い話を始めると、十人くらい集まってくる。
私は絵を描きながら、紙とペンを使って話を進める。
みんな、夢中で聞いてくれる。
ああ、自分、これできるんだよな、と思った。
帰る時間になると、
「帰らないで」と、両手両足にしがみつかれる。
かわいい。
こういう時間は、ちゃんと自分を戻してくれる。
正直、楽しかった。
—
13日目。
四夜連続の店長の夢は、ようやく止まった。
でもその代わり、眠れない。
昨日から、明らかにおかしい。
原因は分かっている気がする。
将来のことを考えている。
戻ったとき、自分は必要なのか。
思いきって聞くつもりだ。
もし「要らない」と言われたら、去るつもりでいる。
そんなことを考えている。
今は深夜2時。
眠れない。
—
15日目。
不眠は続いている。
ただ、明確に変わったことがある。
罪悪感が、ほぼ消えた。
あれだけ強かった「申し訳なさ」が、ない。
その代わりに来たのが、将来への不安だった。
とてつもない量で、一気に来た。
でも、もう一つある。
ふと、思った。
【ボク、悪くなくない?】
この感覚は、少し驚いた。
あれだけ自分を責めていたのに、
急に、そう思える瞬間が来た。
—
たぶん、順番なのだと思う。
最初は、罪悪感。
次に、それが抜ける。
そして空いた場所に、不安が入ってくる。
そういう流れなんだろう。
—
昼は、楽しい。
人と関わっていると、軽くなる。
特に子どもたちといる時間は、かなりいい。
自分が自然に何かを提供していて、
その場にちゃんと役割がある感じがする。
「ありがとう」とかじゃなくて、
ただ一緒に笑っているだけなのに、ちゃんと満たされる。
—
でも夜は違う。
静かになると、思考が一気に内側に戻る。
将来、仕事、これからのこと。
考え始めると止まらない。
そして、眠れない。
—
眠れない夜は、外に出ることが増えた。
家の前はリバーサイド。
夜になると、霧が出る。
かなり濃い。
街灯の光がぼやけて、
川の輪郭も曖昧になって、
全体が少し現実じゃないみたいに見える。
幻想的、という言葉が近い。
こんな景色があることを、今まで知らなかった。
というより、
知る余裕がなかったのだと思う。
普段のこの時間は、
眠って、明日の仕事に備える時間だった。
外に出るという発想すらなかった。
—
今の自分はたぶん、
回復している途中にいる。
でも同時に、
次の問題に足を突っ込んでいる。
—
罪悪感が消えたのは、いいことだと思う。
でもその分、
「じゃあこれからどうするのか」
という問いが、強くなった。
—
まだ答えは出ていない。
というか、今は出さなくていいのかもしれない。
—
ただ一つ分かっているのは、
昼と夜で、まるで別人みたいだということ。
—
そしてもう一つ。
子どもたちと過ごしているときの自分は、
たぶん、そんなに悪くない。
—
休職してよかったと思うことがある。
体調だ。
これまで、ずっと吐き気があった。
常にではない。
でも、ずっとどこかにあった。
仕事中も、
家に帰ってからも、
完全に消えることはなかった。
それが今、かなり薄まっている。
ロナセンテープという薬のおかげも大きいと思う。
貼るタイプの薬で、
じわっと効く。
気づいたら、
「あれ、今日は楽かもしれない」
と思える日が増えてきた。
—
もちろん、代償はある。
休んでいる間、給料は入らない。
収入は減る。
その事実は、ちゃんと重い。
でも、
その代わりに、
体の回復を受け取っている。
そう考えると、
これはただの損ではないと思った。
—
正直に言うと、
「休んでよかったか?」
と聞かれたら、
私は、よかったと思う。
それくらい、
吐き気や不調に悩まされていた。
あのまま続けていたら、
たぶんもっと崩れていた。
—
だから今は、
少しずつでもいいから、
体が戻ってきていることを、
ちゃんと受け取ろうと思う。
罪悪感が消えたら不安が来た|休職12日目〜15日目、回復途中に起きる変化の話
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