一日目はこっち。↓

休職 Day1-2|検査と診断と、それでも来る罪悪感
病院に行ったあとの話を、ちゃんと書いておこうと思う。
あの日、医者に話したのは、
氷をバリバリ食べてしまうことや、塩を舐めてしまうことだった。
それを聞いた医者は、血液検査を勧めてきた。
内科的な異常があるのか。
それとも、今起きていることがストレスによるものなのか。
そこを切り分けるためだった。
もし内科的に問題がなければ、
今出ている症状――湿疹も含めて、
ストレス由来として治療していく、と言われた。
だから私は、その日、血液検査を受けに行った。
検査の現場で、まさかの再会があった。
同級生だった。
「久しぶりだね」と声をかけられて、ようやく気づいた。
自分から気づけなかったのは珍しいことだった。
それくらい、余裕がなかったんだと思う。
「同級生に採血されるのはなんか変な気分だね」などと、変なこと呟きながら同級生に採血される私。
血液検査の結果は異常なし。
医者も、なぜ氷を食べたり塩を舐めたりするのか、
明確な原因は分からなかった。
やっぱり内科では分からない領域なんだろう。
採血検査を終えたあと、AIの「休め」という圧を受けながら、ようやくLINEを送った。
心療内科で書いてもらった診断書の写真を添えて。
「医師から休養が必要と診断されました。しばらく休ませてください。」
送信ボタンを押すのに、時間がかかった。
これを押さないと、明日も苦しい。
そう思った瞬間、指が動いていた。
—
次の日、その結果を持って心療内科へ行った。
二回目の診察。
医師の診断ははっきりしていた。
「扁桃体が恐怖反応を起こしている」
下痢、吐き気、めまい、吃音、不眠。
すべて、身体が「逃げろ」と言っている状態だった。
下痢や吐き気は身体を軽くするため。
吃音は「しゃべるな、走れ」という信号。
動悸は走るための準備。
不眠は戦闘態勢。
全部、生き延びるための反応だった。
ただし、この扁桃体は一度過敏になると戻らない。
アフガンから帰ってきた兵士と同じだと、医者は言った。
環境を変えても、転職しても、
この反応そのものは消えない。
薬で抑えるしかない。
そういうものだと。
自分の中で何かが壊れたのかと思っていたけど、
そうじゃなかった。
ダメージが積み重なった結果、こうなっただけだった。
氷をバリバリ食べたり夜中に塩なめる食性について?医師は「わからん」といった。まぁ、そうだろうな。
—
処方されたのはロナセンテープ。
過剰な反応を抑える薬。
副作用はかぶれることくらい。
貼る場所を変えながら使っていく。
—
その日主任からメッセージが来ていた。
「お大事に😣😣」
店長はかなり遅れて夜にメッセージが来た。
「了解しました。
とりあえずゆっくり休んでください。」
画面越しの言葉はやさしかった。
でも、それを見て安心する自分と、
申し訳なさで押し潰されそうになる自分が、同時にいた。
—
診察のあと、薬を貼って買い物に出かけた。
車で。
パートナーも一緒だった。
楽しかった。
ちゃんと、楽しかった。
でも。
やっぱり来る。
罪悪感。
夕方になると、
「自分だけ頑張らずにこの時間を迎えている」
そんな感覚になる。
今日はただの休みのはずなのに。
でも、明日からは違う。
本格的な休職が始まる。
本当に、行かなくていいのか。
その不安が、ずっと離れない。
—
現在、夜。
明日、本当に行かなくていいのかと考えてしまう。
怖い。
頭では「休め」と分かっているのに、
身体はまだ「行かなきゃいけない」と思っている。
この感覚が、消えない。
休むことを決めたはずなのに、
それでも不安になる。
たぶん、明日も同じことを考える。
それでも、行かない。
—
囚人になった気分だ。
自由に休めるはずなのに、
どこにも行けないような感覚。
動いていいのかも分からない。
でもこれは、閉じ込められているわけじゃない。
回復するために、止まっているだけだ。
そう言い聞かせる。
それでも怖いものは、怖い。
――鬱に、夜はやばい。


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