ショッピングモールはなぜ疲れるのか|あの空間が人間を削る仕組みを全部書く

こころ



ショッピングモールに行くと、なぜか疲れる。

特別なことはしていないはずなのに、
帰る頃には妙にぐったりしている。

歩き回ったから、という理由だけでは説明がつかない。

それどころか、
たいして買い物もしていないのに疲れていることすらある。

この違和感は、多くの人がなんとなく感じている。

「なんか疲れるよね」で済まされがちだが、
あれはちゃんと理由がある。

しかも、一つではない。

いくつも重なっている。

—

まず一番分かりやすいのは、

情報量が多すぎることだ。

—

ショッピングモールに入った瞬間から、
視覚と聴覚は休む暇がない。

看板がある。

セールの文字がある。

ポスターがある。

商品が並んでいる。

人が動いている。

—

耳の方も同じだ。

BGMが流れている。

店員が声を出している。

子どもが騒いでいる。

館内アナウンスが入る。

—

これらはすべて「刺激」だ。

そして重要なのは、
人間はこれを無視しているつもりでも、
完全には無視できていないということだ。

—

脳は常に処理している。

「これは何か」
「関係あるか」
「無視していいか」

という選別を、
ほぼ無意識でずっとやっている。

—

つまり、

ショッピングモールにいる間、
人はずっと判断し続けている。

—

これは、かなり疲れる。

—

しかも厄介なのは、
この処理が「自覚されにくい」ことだ。

肉体的な疲れは分かりやすい。

足が重い、腰が痛い、息が上がる。

—

でも情報処理の疲れは、
はっきりとしたサインが出にくい。

ただなんとなく疲れる。

ぼーっとする。

帰りたくなる。

—

これが、あの「理由の分からない疲れ」の正体の一つだ。

—

次に来るのが、

選択の疲れだ。

—

ショッピングモールは、
基本的に「選ばせる場所」である。

服を選ぶ。

食事を選ぶ。

雑貨を選ぶ。

—

しかも選択肢は大量にある。

似たような商品が並んでいる。

価格もバラバラ。

ブランドも違う。

—

ここで人は何をしているか。

比較している。

悩んでいる。

決めている。

—

これもエネルギーを使う。

というより、

決断はかなり疲れる行為だ。

—

心理学では「決定疲れ」と呼ばれるものがある。

人は決断を繰り返すほど、
判断力が落ちていく。

そして疲れてくると、

・どうでもよくなる
・適当に選ぶ
・何も選べなくなる

といった状態になる。

—

ショッピングモールは、
これを延々とやらせてくる。

—

しかも恐ろしいことに、

選ばなくても疲れる。

—

「見てるだけ」のつもりでも、
脳は勝手に比較している。

「あっちの方がいいかも」
「でもこっちも…」

という思考が無意識に流れる。

—

これが積み重なる。

—

気づいた頃には、
何も買ってないのに疲れている。

—

三つ目。

これはあまり言語化されないが、
かなり効いている。

—

空間設計そのものの問題だ。

—

ショッピングモールは、
「長く滞在させる」ために作られている。

—

動線が複雑になっている。

一直線ではない。

回遊させる構造になっている。

—

エスカレーターの位置も、
わざと遠くに配置されていることが多い。

一度で目的地に行けないようになっている。

—

これにより、
自然と多くの店の前を通ることになる。

—

結果として、

・移動距離が伸びる
・見るものが増える
・滞在時間が伸びる

—

つまり、疲れる要素が増える。

—

さらに言えば、

**「出口の分かりにくさ」**もある。

—

今どこにいるのか分からなくなる。

どこから入ったのか曖昧になる。

—

この軽い迷子状態は、
じわじわとストレスになる。

—

人間は「把握できない空間」にいると、
無意識に警戒状態になる。

—

その緊張が、
さらに疲労を増やす。

—

四つ目。

これは見落とされがちだが重要だ。

—

他人の存在である。

—

ショッピングモールには人が多い。

それ自体が問題ではない。

—

問題は、

人が「ランダムに動く」ことだ。

—

歩いていると、
誰かとすれ違う。

ぶつかりそうになる。

立ち止まる人がいる。

急に方向を変える人がいる。

—

そのたびに、

避ける。

減速する。

進路を変える。

—

これも全部、判断だ。

—

そして地味にストレスが溜まる。

—

さらに言えば、

人は他人の視線や存在を
無意識に気にしている。

—

「変じゃないか」
「邪魔してないか」
「浮いてないか」

—

こういう微細な意識が、
ずっと裏で動いている。

—

これも疲れる。

—

五つ目。

—

時間感覚の歪み。

—

ショッピングモールにいると、
時間の感覚が狂う。

—

外の光が入りにくい。

時計が少ない。

空間が均一。

—

結果として、

「どれくらいいるのか分からない」

状態になる。

—

これにより、

気づいたら長時間滞在している。

—

そして後から、

どっと疲れが出る。

—

ここまでをまとめると、

ショッピングモールは

・情報量が多い
・選択が多い
・移動が多い
・他人が多い
・時間感覚が狂う

という要素が同時に発生する場所だ。

—

つまり、

疲れる要素の塊である。

—

だから、

疲れるのは当たり前だ。

—

ここで大事なことを言う。

—

「疲れないようにしよう」と思うな。

—

あそこは疲れる場所だ。

これは前提として受け入れた方がいい。

—

その上でどうするか。

—

いくつか方法はある。

—

まず、

目的を決める。

—

「これを買う」
「ここに行く」

—

これを決めてから入る。

—

目的があると、
不要な情報を無視しやすくなる。

—

次に、

時間を決める。

—

「1時間だけ」
「この店だけ」

—

これだけでも、
疲労はかなり減る。

—

そして、

休憩を前提にする。

—

疲れてから休むのではなく、
疲れる前に休む。

—

これが意外と効く。

—

最後に、

無理に楽しもうとしない。

—

ショッピングモールは
「楽しい場所」とされている。

—

でも実際は、

楽しいこともあるが、
普通に疲れる場所でもある。

—

このギャップがあると、
余計にしんどくなる。

—

「疲れても普通」

そう思っておけばいい。

—

—

結論。

—

ショッピングモールで疲れるのは、

あなたのせいではない。

—

あの空間が、

そういう作りになっているだけだ。

訳アリな元会社勤め。発達障害を持ちながら(主に)小学生を世話する仕事をするようになった。恐ろしいことに小学生の育成支援のプロフェッショナルと名乗らなければいけないことに最近気づいた。月に何件かこころだとか、教育の勉強会に金を貰いながら行けるので性に合ってる今日この頃。自己目標は「人格の成熟」メンタルがやられていると書くことで発散しようと筆が進む。

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