
鬱です…。

はいはい、自転車行きますよ。付き合ってあげますから
時期は梅雨。
毎日、雨。
毎日、曇り。
ただでさえ鬱状態なのに、天気まで味方してくれない。
気分はどんどん沈んでいった。
当時の私の現状はこうだ。
・仕事なし
・生産性なし
・適応障害で休職中
・「筋肉休暇」と名付けた長い有給消化中
(有給使わせてくれてたらこんな事にならんかった。有休使うな圧は死んでくれマジで)
そんなある日。
珍しく晴れた。
私を見て、休みだったパートナーが言った。
「自転車、行こう。」
その一言で外へ出た。

自転車でちょっと離れたうんまいバーガー屋さんに行きますよ!(罪悪感無くなるし)

良いんでしょうか、無職の私めが、高貴なバーガーなど食べても

すごい、ただでさえ卑屈なのに無職になることでもっと卑屈になってる!!
走り始めて思った。
自転車って、鬱と相性がいい。
まず、鬱に対して自転車が良いと思う要素。
- 太陽の光にさらされる。太陽の光を浴びるとなんか元気になる。暗い部屋で居たら死ぬ。
- 自然との距離が近い。車なんかと違い踏みつぶした草のにおいがそのまま香り元気になる。
- なんやかんや動いてたら血流が良くなる。血流が悪いとネガティブになって死ぬ。
- ペダルこぎは瞑想。今、ここを感じられる。ペダルを漕いでいる間は気は紛れる。
まず、太陽の光。
これが大きい。
家でカーテンを閉めていると、気分はどんどん沈む。
でも外へ出て日差しを浴びるだけで、不思議と少し楽になる。
それから自然との距離。
車では感じられない。
草を踏んだ匂い。
土の匂い。
田んぼを吹き抜ける風。
全部そのまま体に入ってくる。
自然は、こちらが元気じゃなくても勝手に存在してくれている。
それだけで少し救われる。
そして血流。
体を動かすと、頭の中のモヤモヤが少し流れていく気がする。
私は勝手に思っている。
血流が悪いと、人はネガティブになる。
もちろん医学的には単純な話ではないだろう。
でも少なくとも私は、動いた日の方が気分がいい。
最後に、一番大きかったこと。
ペダルをこぐことは瞑想だ。
以前、弓を引いた時にも同じことを書いた。
弓を引いている間は、的しか見えない。
自転車も同じだった。
ペダルをこぎ、
景色が流れ、
風を受ける。
その間だけは、
「仕事どうしよう」
「将来どうしよう」
という考えが少し薄くなる。
今、この瞬間だけを感じられる。
鬱が治る。
そんな魔法ではない。
帰宅したら、また不安は戻ってくる。
それでも、自転車に乗っている時間だけは確かに心が軽かった。
だから私は今でも思う。
鬱になったら、自転車はいい。
速く走る必要なんてない。
景色を見ながら、ゆっくりペダルを回すだけでいい。
それだけでも、家の中で一人うずくまっているより、少しだけ前へ進める気がする。
つくづく思った。
自転車は、私にとって「乗る抗うつ剤」だった。
もちろん、本物の抗うつ薬をやめていいという話ではない。
でも、家の中でモヤモヤと過ごし、不安だけを育ててしまうくらいなら、自転車に乗って外へ飛び出した方がいい。
ペダルを漕ぎ始めると、不思議と頭の中の霧が少し晴れてくる。
風を受ける。
景色が流れる。
太陽を浴びる。
気が付くと、さっきまで頭の中を占領していた不安が、少しだけ小さくなっている。
まるで、鬱の発作に対する頓服のようだった。
私にとって自転車は、運動ではない。
治療でもない。
「今日も何とか生き延びるための道具」だ。
鬱が完全に治るまでは、薬と同じように、自転車にも付き合ってもらおうと思う。

ね?良かったでしょ?乗ってみて。

うん、ちょっとだけ…

しんどくなったら乗ったら良いんです。あなたがいつも不安になる夜にだって付き合ってあげますから、まぁ焦らず治してくださいね、鬱。


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